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書評「覇王の家」司馬遼太郎

豊臣秀吉の後、天下を牛耳った男。

徳川家康。

 

一体どういう人物だったのか。

司馬遼太郎さんが現存の資料等から

分析した結果、導き出した家康像が

「覇王の家」という作品に

存分に表現されている。

 

今回はこの作品から見えてくる

徳川家康という人物像から

僕たちが学べることは何か

ということを書評という形で

探求していこう。

 

目次

 

ビジネス書とも言われている。

いきなり余談から話すと、

「覇王の家」という作品は

歴史小説であるが

一部ではビジネス書とも

言われている。

 

それだけ、徳川家康や

それをとりまく三河という地域の

環境と人柄から学ぶことが多い

ということなのかもしれない。

 

当時の三河(現在の愛知県の一部)は

閉鎖的なところがあり、

それが後々の

鎖国や宗教弾圧にも

影響したとされている。

 

現代日本の島国根性の

原点とも言えるかもしれない。

 

良い意味でも悪い意味でも

当時の三河の人たちには

日本人らしさというものを感じる。

 

徹底的に他人から学ぶ

豊臣秀吉の後に

天下を取る徳川家康は

意外にも独創というものが

きわめて苦手だった。

 

新しいことはほとんどしなかった。

彼がやったのは徹底的なまでの模倣。

彼の隣国には戦国最強とも言われた

武田信玄がいた。

 

彼は武田信玄が病死した後に

武田勝頼を追い込んで

武田軍を獲得することになるのだが

武田軍の戦い方を

彼らから徹底的に吸収した。

 

独創的な織田信長や豊臣秀吉とは

違って、徹底的に模倣から

戦術を組み立てた。

 

また、彼は他人の失敗から

学ぶということができた。

 

疑心から一族・家臣を滅ぼす

ことによって

最終的に自分の身を危うくする

戦国大名たちから学び、

自分自身は部下に一切の

疑心を持たなかった。

 

もちろん、家康を裏切った部下も

存在するが、ほとんどの部下は

家康と互いに絶大な信頼によって

結びつくことができていたと言える。

 

当時三河の兵は他国よりも強靭と

されていたが、その強さが

強固な信頼関係によって

築かれたものだとも考えられる。

 

ここから僕たちが学ぶべきは

自分の強みが分からない場合、

一度徹底的に他人のやり方を

真似てみるということ。

 

家康を見ていると

 

他人のやり方を徹底して

真似するというのも

一つの才能だと思う。

 

彼は徹底した模倣によって

天下まで上り詰めた。

 

他人の失敗を自分事と捉えて

自分にも活かすという

マインドは見習いたい。

 

家康という男

徳川家康は

医者よりも医学を学び

自分の体調に合った薬を

自分で調合していたとされる。

 

また、運動が身体にいい

ということも体感的に

分かっていたようで

鷹狩りという鷹を用いた狩りを

晩年もこなしている。

 

政治面、戦術面のみならず

体調面でも自己コントロールに

優れていたことがわかる。

 

部下に指示を出すときも

具体的な指示を出さずに

自分で考えさせる。

 

彼は部下が答えを出せずに

いろんな人に

相談するところまで見越して、

いろんなアイデアが出ることまで

想定して指示を出している。

 

結果として部下が

自分で考えて物事を

考える力を身に着けていく。

 

そのため、彼の部下には

自分で考えて行動ができる

名将が多かった。

※戦で生涯、

 かすり傷1つ負わなかった

 とされている

 本田忠勝などが有名である。

 

これ以上述べると

壮大なネタバレになりそうなので

これくらいに留めておく。笑

 

家康という男から学べる

エッセンスを是非、

読んで体感してほしい。