KM's BLOG

日々の自己改善で人生を彩るブログ。

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添削とエゴ

僕は小学校低学年の頃、

地元の作文コンクールで

優秀賞を取ったことがある。

 

実に輝かしい過去だ。

一方で、

僕はあまり嬉しくなかった。

 

というのも、自分の書いた文章が

先生によって添削されたからである。

 

もちろん、小学校低学年というのは

そんなに日本語の文法も

しっかりしているわけではない。

必然的に大人による

添削というのが不可欠なのである。

 

しかし、僕はそれが嫌だった。

「そんなのは僕の文章じゃない」

と思っていた。

 

これは僕のエゴなのだろうか。

 

目次

 

添削は溢れている

小論文や就活のエントリーシート。

その道のプロが添削してくれる。

 

添削の良い所は

自分の文章の間違っているポイントや

不適切な表現が分かること。

 

より良い表現・言葉の選択をする

キッカケになる。

 

結果として添削を受けることは

文章力が向上するのである。

 

本を出版する時だって

編集者の方が

「より売れるにはどうするか?」

を一生懸命考えて作家と共に

添削していく。

 

何を伝えたいのか。

どの層を意識するのか。

表現として適切か。

もっといい表現はないか。

 

結果として原本とは違うものの、

よりよい作品に仕上がっていくのである。

 

このような添削されたものが

世の中は溢れかえっている。

 

自分の力だけで書いた

エントリーシートは

まともに読まれない。

 

添削なしには小論文で

いい点が取れない。

 

※もちろん、例外は存在する。

 

僕は書くのが好きだった。

特に、添削など気にせずに

自由に書くのが好きだった。

添削なしに自由に書ける日は

いつ来るのだろうと思っていた。

 

ブログに至る

ここでは自由に書ける。

添削も自分でできる。

ブログを読んだ誰かが

「この部分は修正した方がいい」

と指摘してくれることも

あるかもしれないが。笑

 

自由に書きたかった僕としては

ブログがぴったりだったのである。

 

いつでもリライトして書き直せる。

編集者は自分自身。

 

自分が電子書籍の出版社に

なったように錯覚する。

(何言ってんのこの人。笑)

 

もちろん、添削というシステムは

あるに越したことはない。

 

ただ僕は、自分で書いた

文章が未熟でも不適切でも

いいから自由に書ける場所が

欲しかったのである。

 

自分の未熟な文章を書きたい

という極めて奇妙な情動が

僕の中には存在していた。

 

こんな動機から僕は

ブログを自由に書くための

セッティングとして

雑記というカテゴリーを

生み出し、テーマに縛られない

書き方を始めたのである。

 

 

誰の直しも入っていない文章。

そこに本当の人間の魅力も

あるのではないかという

気がしないでもないのである。