KM's BLOG

日々の自己改善で人生を彩るブログ。

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成長日記のすゝめ

毎日成長している。

という実感がある人が

必ずやっている習慣がある。

 

それは「記録」。

 

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目次

 

記録の有効性

 

理由は単純で、

自分の中で成長に

フォーカスした行動を

今日という1日において

どのくらいやったかが

一目瞭然になるからである。

 

・勉強

・運動

・読書

 

等をどれくらいやったか。

ということを、

頭の中という

記憶の不確実性のある場所ではなく

記録という、いつでも見れる場所に

残すからである。

 

1ヵ月前のある日、

どれくらい勉強した?

何の本を読んだか?

何キロのダンベルを持ち上げたか?

 

別に何を見ても構わないが

答えられる人は多くいない。

過去なんかどうでもいい?

違う。

それは記録していないだけ。

 

もちろん、1ヵ月前の

成長にフォーカスした行動を

振り返ることに

そんなに意味があるわけでもない。

 

しかし、

1ヵ月前と比べると

明らかに成長している

ということは多々ある。

 

・解けない問題が解けるようになった

・筋トレのベスト重量の更新

・ランニングのタイム更新

・新たに本を読み、知見を得た

 

確実に成長しているという感覚を

得られるのが「記録」というツール。

 

自己改善において

これほど頼もしい味方はいない。

 

自己肯定感の獲得

確実に成長しているという感覚。

これが自己肯定感を上げるのは

間違いない。

 

人がどういう時に自己肯定感、

すなわち自信が持てるのか

というと、

 

自分の行動に

自信が持てる時である。

 

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自分から自信を失うような

行動をとっている場合、

それは自信にならない。

むしろ「自分はダメなヤツ」

というレッテルを貼ってしまう。

 

記録に残すことは

良いことばかりではない。

「今日はこういう嫌なことがあった」

という日もある。

 

嫌なことがあったなら

そこから学ぶ他ない。

なぜなら、嫌なことというのは

誰かに嫌がらせをしたところで

解消されるものでもないから。

 

1ヵ月前に起きた嫌なことを

覚えているだろうか?

 

答えられる人はそう多くない。

なぜなら、記録していないから。

 

この嫌なことが

外的要因

(自分以外のせいでおきたのか)

内的要因

(自分のせいで起きたのか)

にもよるが

 

内的要因で起きた場合、

記録していないと

同じ過ち(嫌なこと)を

再発する可能性が高い。

 

記録というのは

振り返りももちろんのこと、

意識する回数を増やす作業でもある。

 

意識する回数が増えれば

習慣化しにくいことも

徐々に習慣化できるようになる。

 

過ちにおける1つの再発防止策を

練るキッカケこそが記録。

 

成長にフォーカス

・自分が成長していると思ったこと

・今後改善していきたいこと

・今日の行動

・目標

 

自分の成長にフォーカスして

いろいろ書きなぐれるような

「成長日記」を書いてみてほしい。

 

日記といっても

別に紙じゃなくてもいいし、

ブログでもいい。

なんならTwitterでもできる。

 

毎日意識すれば何かが変わる。

毎日1つの目標を追っていると

その目標を普段から意識するようになる。

 

例えば、筋トレをし始めて

毎日記録していったとする。

(毎日筋トレする必要はないけど)

 

するとネットサーフィンしてても

プロテイン、サプリメント

トレーニング、食事など

筋トレ関連の情報が目に付くようになる。

 

これこそが記録の効能である。

 

そこで得た知見をもとにして

プロテインを買ってみたり

器具を注文してみたり。

 

そして更なる筋力アップを

記録していく。

 

もちろん、

うまくいかないこともある。

常に右肩上がりの成長というのは

ほとんどない。

 

スランプならスランプなりに

何がいけなかったのかを

考察するきっかけが

手に入るのが記録。

 

記録していないと

何がいけなかったのか?

という原因探求を全て

脳に頼ることになる。

 

1週間前の昼ご飯すら

覚えていない脳に

スランプの原因探求を任せるのは

割とリスキーである。

 

終わりに

「成長日記」は別に強制しない。

ただし、これを1ヵ月でも続けると

やはり変わる。

 

なぜなら

確実に毎日成長している

という実感があるから。

 

人はよく他人と比べたがる。

しかし、人間というのは

 

・生まれた環境

・育った環境

・関わってきた人間

・受けてきた教育

・容姿、体型

・先天的才能

 

全部違う。

本来、比べようがない。

自分よりもできる人や

できない人がいるのは当然。

 

誰と比べても必ず差がある。

そんな分かり切っている比較をしても

成長を楽しむことはできない。

 

誰かを抜いたところで

その上には誰かがいて

永遠に満足することはできない。

 

じゃあ何と比べるのか?

もう答えは出ている。

 

自分。

強いて言うなら

過去の自分。

過去の自分こそ

今の自分の成長を測るのに

うってつけの存在。

 

成長軸において

何もかも差異がある他人ではなく

過去の自分と比較できるのが

記録というツール。

 

誰かに勝つ満足も否定はしない。

しかし、その思考では

永遠に満足できない。

 

他人と比べると厄介なのは

誰かが勝手に堕落しただけなのに

自分が成長したと

勘違いしてしまうことがある点。

 

自分こそ唯一の成長軸。